日ごとに暖かくなり、野の花の香りを感じられる季節になりました。境内ではシダレザクラが満開を迎え、これからいよいよソメイヨシノが次々に花開いていく季節、特に山門と祈りの広場周辺のサクラは見事です。
そのサクラの花の香りを一例に用いた生物学の実験の記事を読む機会があり、大変驚いたことがありました。それは「先祖の記憶は遺伝するか」という内容のものでした。(参考:ソトコトwebより福岡伸一「記憶は遺伝するか」より https://www.sotokoto.net/jp/essay/?id=100)
少々残酷ですが・・・ある特別な匂い(実験ではサクラの花びらのよい香り)とともに電気ショックを与える体験をオスのマウスに何度も重ねると、サクラの香りがしただけで怯える反応を示すようになります。人間が梅干しを見ただけでよだれが出るのと同じ原理の「条件反射」と呼ばれるものです。
米国のエモリー大学の研究チームが、このマウスの性質が子孫に遺伝するかを調査しました。すると、子や孫の代までその性質が遺伝していたことが分かったのです。子や孫のマウスに同様の実験を行うと、親の世代に恐怖を学習していた子孫ほど、他のマウスと比べてより敏感に反応を示したというのです。ある特定の香りそのものに先天的な恐怖を感じるということではなく、香りと電気ショックの条件付けを行った場合に限って、その様子が子孫に表れるという内容でした。
これは特定の香りが生命の存続を脅かす危険なものだということを子孫に残すためのシステムといえるでしょう。子は嗅覚から敏感に危険を察知できることで、生きのびる確率を上げることになります。
「香りそのものの記憶を残さない」というさじ加減も絶妙です。香りを感じる子孫の自由度を制限しない形で、何らかの条件下で危機に直面した時にのみ発動するのが先祖の記憶なのでしょう。まさに「草葉の陰から」遺伝子レベルで見守ってくれているといえます。私たち一人ひとりの生命は思うと思わざるとにかかわらず、誰もが「見守られている」いのちなのだということがわかります。
近年の脳科学や生物学、天文学などの科学の分野の研究の発展は目覚ましく、その人智を超えた世界を知るほどに、宗教という目に見えない領域にも共通するものが少なくないと感じます。ダライラマ法王も異分野の研究者たちとの対話を通して世界の平和を訴え続けているように。
サクラの花の香りを少々不名誉な引き合いに出してしまいましたが、春の花の香りを存分に楽しむことが許されているのが私たちの生命の営みです。百花繚乱の春、先祖に感謝しながら野の花の香りや墓参のお線香の香りを味わってみてはいかがでしょうか?
合掌
※この文章は安洞院短信4月号の「今月の法話」に掲載されたものです
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